独立から年収が5倍に

10年ほど前のことになります。その頃、小さな同族企業に勤めていました。その会社の創業者である会長と社長は実の兄弟、専務はその親戚という布陣で経営陣が固められていて、その下に途中採用やまれに新規に学卒で採用した社員が30名程度張り付いていました。私はその会社に転職情報誌を見て応募し、即決で採用され、その会社の中では一番低い給料で働くようになりました。

その会社で何が不満かといって、自分より年下でしかも学歴の低い社員より私の方が給料が低いと言うことでした。このことはやる気を著しく無くさせ、転職してすぐ、この会社を一時も早く辞めたいと思うようになっていました。ただ、辞めるときはもはや転職ではなく、独立をしてみたいと考えていました。

それで私がその会社にいる間にしたことは、独立後をにらんで人脈を作ることと、仕事に必要な資格を取得することでした。人脈に関しては一緒に独立する仲間を見出し、資格に関しては、国家資格の中では比較的難しいレベルのものを取得しました。 それで転職からちょうど1年後に辞表を出し、すぐその翌月、東京の繁華街に建っていた古い雑居ビルに、わずか8坪ほどの事務所を借り、男二人が陣取りある士業を開始しました。

曲がりなりにも私が代表になり、一緒について来てくれた男は専務に就任しました。独立に際して読んだビジネス啓発書に、「営業なくして仕事なし、仕事なくして会社なし」と言う下りがありました。そこにアンダーラインを引いておきました。アンダーラインを引いたくらいですから、独立開業で一番大事なことは、何よりも営業だと考えていたわけです。

それで私はとにかく営業に動きました。そして、動く際に一つの規範を作りました。それは、身内、知り合いのいるところには行かない、と言う簡単なものでした。身内、知り合いの数よりも、身内、知り合い以外の数の方がはるかに多いから、と言う理由からです。身内、知り合いのいないところに行く際も、紹介状は一切持たないことも、附則として追加しておきました。すると私が事務所設立と同時に出来る営業は、飛込みしかないことになります。

実際、飛び込み営業を毎日行いました。日が暮れてヘトヘトになって事務所に戻ると、以前腰掛で勤めていた会社では、私の上司に相当していた男が、たいがいは帰り支度をしていました。一人になった事務所で、拾ってきた仕事をこなすため、徹夜になることもまれではありませんでした。そんなことを3ヶ月ほど続けた頃だったでしょうか、やはり飛び込みで営業に出向いた会社の社長に、いきなり事務所を畳んでうちに来ないかと誘われたのです。もちろん事務所にいる君の子分の面倒も一緒に見てやるという話でした。

しかし、私はあくまで営業に行ったのであり、転職活動をしていたわけではありませんから、いや仕事をもらえないでしょうかと話をはぐらかしました。先方もよくしたもので、ああそうだったなと言って、わざわざ来てくれたから一月分くらいの仕事は出すよと言ってくれました。

依頼された仕事を仕上げて収めに行くと、次も同じように一月分の仕事を出してくれました。結局、半年そんな感じでその会社に通った頃、君の事務所はもううち専属みたいなものだから、前にも言ったように、君はうちに来なさいと口説かれました。切り出された年収は、ちょうど前の会社でもらっていたフィーの3倍でした。と同時に、一年近く飛び込み営業をがんばって得た仕事で出した稼ぎの倍くらいでした。交渉の結果、初年度の年収は、以前勤めていた会社の5倍まで膨らみました。

そして何より誘われた会社は、以前勤めていたちっぽけな同族企業とは違い、日本でも有数の門閥に属する社長が、恵まれた環境を活用してうらやましくなるような仕事を矢継ぎ早にこなすエクセレントカンパニーでした。転職情報誌でも、転職エージェントでも、こんな破格のオファーは来ないだろうと思い、話に乗りました。独立して、飛び込み営業をしたから得られた知己と収入でした。サラリーマンにとって、独立は最大のスキルアップになると思います。